ハクモクレンの歌
3月23日(木曜日)

もういい頃だとしばらく前から目をつけていた。
ハクモクレンが、今朝とうとう花を咲かせた。
まだ小さなふくらみがほどける前だけど、
その甘美な稜線にふっと心なでられ嬉しくなった。

大都会・東京と言えど、
ここで生きている者は人だけじゃない。
人の持つ当たり前の目から零れ落ちてしまうような小さな命が、
時に何にもましてはっきりと教えてくれることがある。
自分の命のある位置を。

人は傲慢であってはならない。

そいつはおれ自身が自然から学んだ教訓だ。
人は傲慢であってはならないのだ。
つまりおれ自身、傲慢であってはならないのだ。
傲慢さは心を曇らせ視界を奪う。
やがて世界から光は失われてしまう。

ハクモクレンの木は少し背が高い。
歩道のわきに植えられているから、
その下を通る人らの視界より少し高い位置に花をつける。
歩行者は気がつかないのか、
それとも気にもならないのか、
ほんの少しさえ見上げるひともいない。
しかしモクレンもそれを気にしている風でもない。

白にほんのりとピンクがかかる。
その決して派手でない色合いに、
なぜかしら不思議な優美さを感じた。
それはそのままおれがずっとあこがれつづける、
人間としての在り方のようだった。

何者にも負かされず正直であろう。
精一杯命をかけて美しくあろう。
ハクモクレンの、花を咲かせようとする歌が、
かすかに残る雨の向こうを流れていった。